アサヒ生ビール<マルエフ>

Asahi Draft Beer Maru-F

2026.01.16

アサヒスーパードライ

アサヒが贈るやさしさのビール「おつかれ生です」

『アサヒ生ビール<マルエフ>』は、1986年に誕生したアサヒビールのロングセラーブランドであり、「やわらかい飲み口」と「ほっとするうまさ」を追求した、生ビールらしいまろやかさを特徴とするラガーです。現在のアサヒのラインナップの中では、鋭いキレを持つ辛口ビールとは対照的な存在で、穏やかで包み込むような味わいを大切にした“癒やし系”のビールとして位置づけられています。

最大の特徴は、飲んだ瞬間に感じるやさしいコクと、角の取れたまろやかな口当たりです。麦芽の旨味をしっかりと感じさせながらも、重たさを残さず、すっと喉を通り抜ける軽やかさを備えています。ホップの苦味は控えめで、香りも穏やか。全体として「飲み疲れしない」「気持ちをゆるめてくれる」ような、柔らかいバランスが設計されています。

<マルエフ>という愛称は、社内で使われていた「幸運(Fortune)」を意味する“F”を丸で囲んだ記号に由来し、「苦しい時代を支えてくれた幸運のビール」という背景を持っています。1980年代、アサヒビールが苦境に立たされていた時期に開発され、社内では“逆転のきっかけをつくったビール”として語り継がれてきました。後にスーパードライが大ヒットする以前から、静かにアサヒの再生を支えた存在でもあります。

2021年の復活発売では、当時の味わいを現代的に磨き上げつつ、「まろやかで飲みやすい生ビール」という原点を忠実に再現。缶のデザインもレトロな雰囲気を残し、ブランドの歴史性と温かみを強調しています。飲む人の気持ちをほぐすような優しい味わいは、若い世代からビール愛好家まで幅広く支持され、発売後は“マルエフブーム”と呼ばれるほどの人気を集めました。

『アサヒ生ビール<マルエフ>』は、華やかさや刺激よりも「やわらかさ」「安心感」「ほっとする美味しさ」を大切にしたビールです。日常の中で肩の力を抜いて楽しめる、穏やかで心地よい味わいを求める人に寄り添う一本と言えます。

■飲み方あれこれ!!

飲み頃温度:

6〜8℃位で。この温度帯は、マルエフの魅力である「まろやかさ」「やさしいコク」「ほっとする飲み口」が最も自然に引き立つポイントです。低すぎる温度(3〜5℃)では味が引き締まりすぎて、マルエフの柔らかいコクが隠れてしまいます。6〜8℃は麦芽の甘みと旨味がふわりと開く温度です。

おすすめのマリアージュ:

●焼き魚、だし巻き卵、煮物:

繊細な旨味を邪魔せず、ふんわり寄り添うように調和します。

●白身魚フライ、コロッケ:

軽やかなコクが油の重さを和らげ、後味をすっきり整えます。

●焼き鳥(タレ・塩)、唐揚げ:

鶏の旨味とマルエフのまろやかさが自然に重なり、飲み心地がさらに柔らかく感じられます。

●冷奴、厚揚げ、湯豆腐:

淡い旨味を引き立てる“やさしいビール”ならではの好相性。

●クリームコロッケ、グラタン、ポテトサラダ:

乳製品のコクとマルエフの柔らかい甘みが心地よく溶け合います。

■その他のラインナップ

アサヒスーパードライ

アサヒ生ビール 黒生

▶「アサヒビール株式会社」のこと

「アサヒビール株式会社」の歴史は、日本のビール産業の発展と重なりながら130年以上にわたり続いてきた歩みである。その起源は1889年、大阪麦酒会社の設立にさかのぼり、1891年には吹田村醸造所が竣工、翌1892年には「アサヒビール」が発売された。創業期から品質への強いこだわりを掲げ、1893年のコロンブス世界博覧会では最優等賞を受賞するなど、早くから国際的評価を獲得している。

1906年には大阪麦酒、日本麦酒、札幌麦酒の3社が合同し大日本麦酒株式会社が誕生、同社は戦前・戦中を通じて日本最大のビールメーカーとして成長した。しかし1949年、過度経済力集中排除法により大日本麦酒は分割され、朝日麦酒株式会社(のちのアサヒビール株式会社)が発足し、ここから同社は再出発を迎える。

戦後は技術革新を積極的に進め、1958年には日本初の缶ビール「アサヒゴールド」を発売、1965年には世界初の屋外発酵貯酒タンクを開発するなど、品質管理と生産効率の両立を実現した。こうした技術志向の姿勢は後の大きな転機につながり、1987年にはアサヒスーパードライ」を発売(※)。従来の濃厚な味わいが主流だった日本のビール市場において、「辛口」「キレ」「クリアな後味」という革新的なコンセプトを打ち出し、消費者の嗜好を一変させた。この成功によりアサヒビールは1990年代後半に国内シェア1位を獲得し、日本のビール文化に新たな潮流を生み出した。

⇒1987年には「アサヒスーパードライ」を発売(※)

〇1980年代前半、アサヒビールは業界最下位に沈み、市場シェアは約10%台まで低迷。まさに倒産寸前の危機にありました。そこで同社は大規模な市場調査を実施し、「キレがあり、すっきり飲めるビール」を求める声が強いことを発見します。この結果をもとに1987年に発売されたのが 「アサヒスーパードライ」。発売直後から爆発的ヒットとなり、生産が追いつかず店頭から消える“スーパードライショック”が起きました。この成功によりアサヒは一気に業界トップクラスへ返り咲き、日本のビール文化そのものを変える存在となりました。

ビール造りの特徴としては、まず創業以来一貫する「最高の品質」へのこだわりが挙げられる。原料選定から醸造、貯蔵、出荷までの徹底した管理体制を整え、常に安定した味わいを提供してきた。

また技術革新を恐れず、新しい製法や設備を積極的に導入する姿勢も同社の大きな強みである。さらにスーパードライに象徴されるように、雑味を抑えたクリアな味わいと鋭いキレを追求するスタイルを確立し、軽快で飲み飽きないビールを生み出してきた。

近年では発泡酒や新ジャンル、ノンアルコールなど多様な商品展開を進め、時代のニーズに応える柔軟な開発姿勢も特徴的である。こうしてアサヒビール株式会社は、品質と革新を軸に日本のビール文化を牽引し続ける存在として、今なお進化を続けている。

▶「アサヒビール株式会社」の歴史(年表)

1889年(明治22年):

大阪麦酒会社が設立され、アサヒビールの歴史が始まる。日本のビール産業が本格的に発展し始めた時期であり、同社はその中心的存在となった。

1891年(明治24年):

吹田村醸造所(現・アサヒビール吹田工場)が竣工し、本格的なビール醸造体制が整う。

1892年(明治25年):

「アサヒビール」が発売され、ブランドとしての歩みが始まる。発売直後から品質の高さが評価され、国内での認知が広がった。

1893年(明治26年):

コロンブス世界博覧会で「アサヒビール」が最優等賞を受賞し、国際的評価を獲得する。

1906年(明治39年):

大阪麦酒、日本麦酒、札幌麦酒の3社が合同し、大日本麦酒株式会社が設立される。アサヒブランドはこの巨大企業の一部として成長を続けた。

1937年(昭和12年):

大日本麦酒の社長に高橋龍太郎が就任し、戦前のビール産業を牽引する体制が整う。

1949年(昭和24年):

過度経済力集中排除法により大日本麦酒が分割され、朝日麦酒株式会社(のちのアサヒビール株式会社)が設立される。ここから「第二の創業期」ともいえる再出発が始まる。

1958年(昭和33年):

日本初の缶ビール「アサヒゴールド」を発売し、パッケージ技術の革新をリードする。

1965年(昭和40年):

世界初の屋外発酵貯酒タンクを開発し、西宮・吾妻橋・博多の各工場に導入。生産効率と品質管理の両立を実現する技術革新となった。

1987年(昭和62年):

「アサヒスーパードライ」を発売。辛口・キレ・クリアな後味という革新的コンセプトが市場を席巻し、日本のビール文化を大きく変える。

1998年(平成10年):

アサヒ飲料株式会社が設立され、飲料事業の多角化が進む。

2009年(平成21年):

アサヒビール株式会社が持株会社制へ移行し、アサヒグループホールディングス株式会社が設立される。グローバル展開を強化する体制が整う。

2011年(平成23年):

カルピス株式会社を買収し、飲料事業の幅を大きく拡大する。

2016年(平成28年):

欧州のビール事業を買収し、国際市場での存在感を強化する。

2020年(令和2年):

オーストラリアのビール事業を買収し、グローバルブランドとしての地位をさらに確固たるものにする。

Data

製造元:アサヒビール株式会社

スタイル:ピルスナー(下面発酵)

原料: 麦芽(外国製造または国内製造)、ホップ、米、コーン、スターチ

アルコール度数:5%(※旧製品は4.5%)

内容量:250ml(缶),350ml(缶)、500ml(缶・瓶)、633ml(瓶)

 

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